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個人ブログ
前田絋妙の気まま日記
「もっと怒れ」?怒りのエネルギー?
皆さんは宮本武蔵の「真の勇気」という話をご存知であろうか。
それは沢庵和尚が野獣のごとき暴れん坊の若き宮本武蔵を
木につるしあげて、「本物の男児の怒りとは何か」
「真の人間の生き方とは」「真の勇気とは」
を武蔵にさとし、武蔵が改心する場面である。
沢庵和尚の言葉
・・・・・「そうだ、そうだ。それくらい怒ってみなければ、
本当の生命力も、人間味も、出てはこぬ。
近頃の人間は怒らぬことをもって知識人であるとしたり、
人間の奥行きとみせかけたりしているが、
そんな老成ぶった振る舞いを、若い奴らが真似るにいたっては
言語道断じゃ、若い者は、怒らにゃいかん。もっと怒れ、もっと怒れ」
「おぬしの怒りは私憤だから弱い。
男児の怒りは、公憤でなければいかん」
「せめて、他人のためにそそいでみい、
天地はおろか、神をもうごく。?いわんや人をや」・・・・・・
というフレーズがある。
この話を聞くたびに私は思い出すことがある。
今の会社の原型であるまだ一つの新事業部にすぎなかった頃、
思ったように業績が上げられず、
悶々とした苦悩の日々が続いていた。
その頃、幹部会で他の事業部長にこんなことを言われた。
「前田さんの事業部は、前回のキャンペーン期間に
あまり業績をあげられなかったので、その分上乗せして
これからの3ヶ月で○○○万円の変動収入予算を組んで
やってください。」
その金額は3ヶ月でとてもあげることのできない
無茶苦茶な高い数字であった。
「申し訳ないのですが、今、この状況で、この人数で
その数字をあげることは不可能です・・・・」
という返事をした。
この時は、震えがくるほど、
悔しくて、悔しくて・・・・・・
腹が立って、腹が立って・・・・・・
それは、お客さんもなければ、人もない
サービスもない。ないないづくしの頃である。
売上をあげられない悔しさ
サービスが未熟である悔しさ
人を育てられていない悔しさ
まだビジネスができないという悔しさである。
しかし、この悔しさを怒りのエネルギーに変えて
やれたことが山ほどある。
今でもあの悔しさを思い出すと、
「絶対みておけ!」と怒りのエネルギーが沸き出てくる。
そして、今となっては、あの時、
その部門長がこれだけ私を怒らせてくれたからこそ、
今があるのではないかとさえ思う。
その時は自分にとって悪い事件であったが、
今となっては良い事件であったと思う。
悪いことが 良いことに。
人生っておもしろい!
ニューヨークのジュリアーニ元市長に学べ
先日、役員会で代表の関がこんなことを言っていた。
「うちは、良いことは強制する。
良いこととは
掃除、挨拶、計画(ランクアップのノートの活用)や!」
弊社ではこんなことは前から重点をおいてやっていることである。
なぜ今さらこんなことを言い出したのか?
関の目にはまだまだ全社員が徹底して
やっているようには写っていないのである。
そして、ニューヨークのジュリアーニ元市長の話をしだしたのである。
ご存知の方も多いと思うが
ジュリアーニ市長は「家族連れにも安心な街にする」と公言し
ニューヨーク犯罪の削減に多大な貢献をされた方である。
軽微な犯罪も徹底的に取り締まることで
凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるという
「割れ窓理論」(ブロークン・ウィンドウ理論)の話を取り上げてきた。
治安が悪化する経過とは
1、建物の窓が壊れているのを放置すると、
それが地域への関心の低さの現われというサインになり、
軽犯罪をを起こしやすくなる
↓
2、ゴミのポイ捨てなどの軽犯罪が起きる
↓
3、住民のモラルが低下して、地域の復興、安全確保に協力しなくなる
↓
4、環境が悪化し凶悪犯罪を含めた犯罪が多発する
だから、ゴミの捨て方などの軽微な秩序違反行為でも取り締まる。
なるほど・・・・
これを会社で考えてみると・・・・
会社で決めたことを、「自分ひとりくらい、まあいいか?」
「これくらい大丈夫だろう・・・・」というほんのちょっとした行為が
誰も注意しない、関心がない、規律を守らない
というとんでもない社風をつくり
その先には、いい加減な仕事をしたり、
お客様との約束を平気でやぶることになってしまうかもしれない。
だからトップの関は、ほんの一部の人であっても
うるさく言うのではないか。
掃除の時間に掃除をしない
挨拶がいい加減できちんとできない
ランクアップノートの記入をきっちりしない
まずは自部署で、まずは自分がこんなことがないように
再度徹底していこうと思った。
それは、
とんでもない社風にしないために
そして、
とんでもない人間にならないために・・・。